大学で文化人類学の研究活動をしていた頃、ゼミの先輩だった箕曲くん。現在は、早稲田大学の准教授として教壇に立つかたわら、大学のプロジェクトをはじめNPOなどさまざまな活動を通して人類学の面白さを伝えています。つい先日発刊したばかりの共著本『人類学者たちのフィールド教育––自己変容に向けた学びのデザイン』について紹介してもらいました。
本のサブタイトルにも入っている「自己変容」というキーワードが、気になる…..!

フィールド教育の目的とは?
この春、私たちが手がけた書籍『人類学者たちのフィールド教育––自己変容に向けた学びのデザイン』が刊行されました。本書は海外体験学習やボランティア活動、調査実習などを含むプロジェクト型学習に関わっている人類学者たちによるフィールド教育論です。
タイトルを「フィールドワーク教育」ではなく、「フィールド教育」としているのには理由があります。一般的にフィールドワーク教育といえば、フィールドワークという調査手法を教え育むことを意味します。しかし、本書の対象は、これではありません。本書が試みるのは、従来の学生自ら課題を発見・解決する過程でさまざまな知識を習得していくプロジェクト型学習(PBL:Project Based Learning)に、フィールドでの多様な体験を通じて参加する学生の”自己変容”を促す、学びのデザインを付加させていくことです。したがって、本書が対象とするフィールド教育にとって社会調査は必須の条件ではありません。むしろ、調査は手段として位置づけられるのです。
フィールド教育の目的とは、「〈なじみ〉の切断」(人類学者・佐藤和久の言葉)を経た空間において学習者が異和感を経験するなかで、自己省察を繰り返し、暗黙の前提を切り崩していくことにあります。これを本書では「自己変容型フィールド学習」と呼んでいます。
こうした発想を提起するに至った背景には、人類学のおもしろさを教育現場において十分に学生たちに伝えられていないのではないかという、教育実践における切実な問題意識がありました。確かに、人類学者は実習のような形で、人類学的なフィールドワークの方法を学生に教授する機会はあります。しかし、限りある時間のなかで、調査デザインの設計、聞き取り調査、報告書の作成といった一連の方法を教えたとしても、そこから人類学者が取り組んできたフィールドワークの重要な部分が抜け落ちてしまっているようにも感じるのです。

人類学者の”3つのコンピテンシー”
そこで本書の編者は、人類学者がフィールドワークを通して身につけてきた能力を、次の3点にまとめました。
- 社会的文脈:概念をフィールドの社会的文脈に埋め込んで理解すること
- 偶発性:フィールドの状況に巻き込まれながら図らずもさまざまな気づきを得ること
- 自己省察:自身を省みることを通して既存の世界観を相対化すること
本書ではこれらを人類学者の3つのコンピテンシー特定の専門をもつ人が身につけている行動特性)と呼んでいます。そして本書では、これらを学生が身につける際に必要となる学びの場のデザインやファシリテーションの方法について、ラオスのフェアトレードコーヒー農家でのホームステイをはじめ、新潟県佐渡島での廃校プロジェクト、タイ少数民族の村におけるボランティア活動など、6つの実践例を通して考察しました。

より寛容で、ゆるやかな連帯をもつ社会を築くために
本書では、6名の執筆者たちのフィールド経験をもとに、3つのコンピテンシーと称した人類学的な思考法の一端を学生に身につけてもらうための様々な手法を検討しています。これらの試みは、もしかしたら学校教育の現場だけでなく、組織づくりや人材育成の現場でも応用可能かもしれません。ビジネス分野ではよく読まれているピーター・センゲの『学習する組織』でも、リフレクション(自己省察)の重要性が指摘されています。
本書を手に取った方々が、本書の提案を各自の教育現場や人材育成、組織づくりの文脈のなかに落とし込み、独自の学習プログラムを構築することにより、多くの人たちがフィールド経験を通した、自己変容を達成してくれることを願います。この試みが、より寛容でゆるやかな連帯をもつ社会を築くための礎になるよう願っています。
彼ら人類学者がフィールドワークを通して身につけてきた能力「社会的文脈」「偶発性」「自己省察」は、教育のフィールドに限ったことではなく、仕事や日々の生活など、多くの他者やいろんなコミュニティと上手く関わりながら自分自身を成長・発展させるための術になりそう。

▶︎『人類学者たちのフィールド教育』特設サイトでは、本書に関連したエッセイを掲載中!
箕曲在弘(Minoh Arihiro) プロフィール
早稲田大学文学学術院(文化構想学部・文学研究科)准教授。東洋大学社会学部を経て、2021年より現職。専門は人類学(開発・環境・経済)、フィールド教育論。NPO法人APLA理事。著書に、『フェアトレードの人類学』(単著、めこん)、『人類学者たちのフィールド教育』(共編著、ナカニシヤ出版)などがある。東洋大学在職時、ラオスの農家が作ったコーヒーを学生が製造・販売し、その収益をつかって教育支援する体験型学習プロジェクトSmile F LAOSを立ち上げる。現在は4歳の娘を育てながら、子どもの世界に没入し、自己変容中。